<Header>
<Author: 杜甫>
<Title: 冬日洛城北謁玄元皇帝廟>
<Format: 格式不明>
<Year: 1964>
<BookName: 唐詩選　上>
<Translator: 斎藤晌>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 冬日洛城の北にて玄元皇帝の廟に謁す、廟に吳道子が畫ける五聖の圖有り>
<BookPage: 327-331>
<UsedPage: 5>
<Feature: 1, 4>
<End Header>
<Poem>
配極玄都閟，
憑虛禁禦長。
守祧嚴具禮，
掌節鎮非常。
碧瓦初寒外，
金莖一氣旁。
山河扶繡戶，
日月近雕梁。
仙李盤根大，
猗蘭奕葉光。
世家遺舊史，
道德付今王。
畫手看前輩，
吳生遠擅場。
森羅移地軸，
妙絕動宮牆。
五聖聯龍衮，
千官列雁行。
冕旒俱秀發，
旌斾盡飛揚。
翠柏深留景，
紅棃迥得霜。
風箏吹玉柱，
露井凍銀牀。
身退卑周室，
經傳拱漢皇。
谷神如不死，
養拙更何鄉。
<End Poem>
<Translation>
ここはは天の極になぞらえた神秘の都ともいうべき宮居を深くとざして、北邙山の一段高い境内には竹矢來が遠く張りめぐらされている。神官がおごそかに祭祀をとりおこない、警備の役が門戸を守って非常をいましめている。青い琉瑠瓦が初冬の塞さに光り、廟前の銅柱は一元氣をただよわす空中にそびえ、山も川も錦繡をはった扉をかかえるように見え、日も月も彫刻をした梁の近くをめぐってゆく。わが唐の皇室である李家は玄元皇帝すなわち老子以來、李の根が深く地中に張って子孫繁昌し、國運が隆盛になっている。茂った蘭にたとえられる御殿の名のとおり代々美しい葉がかがやいている。司馬遷が史記をあらわしたとき、孔子に對しては諸侯の待遇をして世家に入れたが、老子に對しては個人の傳記として特別のあつかいをしなかった。しかし道徳經の宣揚も、老子を崇祀するのも、今上皇帝の御手を待つことになったわけであるこの壁畫はまたみごとなものではないか。過去の有名な畫家にくらべても、この吳道子の筆は遠くその上に出て古今獨歩といえる。森羅萬象のありさまは、まるで地軸を畫中に移してきたようで、その絶妙の趣は宮觀の垣根をゆり動かしそうである。唐の高祖以來の五人の皇帝が、套龍の御衣の袖をつらねて立ちたまい、千官が整然と左右にいながれている。天子のしるしとしていただかれる冕旒は燦然として光をはなち、なびき從う旗指物はみんな高くひるがえっている。
と見れば、翠のこい柏は深く茂って、わずかの日のかげをもらし、霜にうたれて紅く色づいた梨の葉が遠くにきわだって見える。軒端につるされた風鈴の列は、風のまにまに清らかな音が玉の柱に反響し、屋根のない井戸は銀色の井桁がいてついている。老子は周代には守藏室の吏などというひくい地位にあまんじ、それすらも「身退く」ということばにあるように辭任して西方へおもむかれた。しかし、その遺著である道徳經一卷は後世につたわって、漢の文帝はうやうやしく弟子の禮をとって河上公という學者からこれを教授してもらった。その老子の第六章には「谷神死せず、これを玄牝という。玄牝の門、これを天地の根という」と深遠なことばをのこしておいでになる。もし、その谷神というものが死なないとすれば、柔をとり愚を守り、拙を養うという原則によって、それが生かされているのはここでないとすれば、いったい、どこであり得るだろうか。
<End Translation>
<Formatted Translation>
ここはは天の極になぞらえた神秘の都ともいうべき宮居を深くとざして、
北邙山の一段高い境内には竹矢來が遠く張りめぐらされている。
神官がおごそかに祭祀をとりおこない、警備の役が門戸を守って非常をいましめている。
青い琉瑠瓦が初冬の塞さに光り、
廟前の銅柱は一元氣をただよわす空中にそびえ、
山も川も錦繡をはった扉をかかえるように見え、日も月も彫刻をした梁の近くをめぐってゆく。
わが唐の皇室である李家は玄元皇帝すなわち老子以來、李の根が深く地中に張って子孫繁昌し、國運が隆盛になっている。
茂った蘭にたとえられる御殿の名のとおり代々美しい葉がかがやいている。
司馬遷が史記をあらわしたとき、孔子に對しては諸侯の待遇をして世家に入れたが、
老子に對しては個人の傳記として特別のあつかいをしなかった。
しかし道徳經の宣揚も、老子を崇祀するのも、今上皇帝の御手を待つことになったわけであるこの壁畫はまたみごとなものではないか。
過去の有名な畫家にくらべても、この吳道子の筆は遠くその上に出て古今獨歩といえる。
森羅萬象のありさまは、まるで地軸を畫中に移してきたようで、
その絶妙の趣は宮觀の垣根をゆり動かしそうである。
唐の高祖以來の五人の皇帝が、套龍の御衣の袖をつらねて立ちたまい、
千官が整然と左右にいながれている。
天子のしるしとしていただかれる冕旒は燦然として光をはなち、なびき從う旗指物はみんな高くひるがえっている。
と見れば、翠のこい柏は深く茂って、わずかの日のかげをもらし、
霜にうたれて紅く色づいた梨の葉が遠くにきわだって見える。
軒端につるされた風鈴の列は、風のまにまに清らかな音が玉の柱に反響し、
屋根のない井戸は銀色の井桁がいてついている。
老子は周代には守藏室の吏などというひくい地位にあまんじ、それすらも「身退く」ということばにあるように辭任して西方へおもむかれた。
しかし、その遺著である道徳經一卷は後世につたわって、漢の文帝はうやうやしく弟子の禮をとって河上公という學者からこれを教授してもらった。
その老子の第六章には「谷神死せず、これを玄牝という。玄牝の門、これを天地の根という」と深遠なことばをのこしておいでになる。
もし、その谷神というものが死なないとすれば、柔をとり愚を守り、拙を養うという原則によって、それが生かされているのはここでないとすれば、いったい、どこであり得るだろうか。
<End Formatted Translation>